バイオエネルギー供給の拡充を目指す上で「エネルギー作物」に関心が高まる。エネルギー作物はエネルギー生産を目的として栽培される作物だが、耕作放棄地を利用して農村部に雇用を生み出すなどの利点も併せ持つ。本稿では、エネルギー作物のメリットや今後の課題、これまでの商業化事例を紹介していく。エネルギー作物とは?従来、バイオマス発電には間伐材や廃材などの余った木材、生ごみや廃油、家畜の糞尿、稲わらやトウモロコシが用いられてきた。これは発電に要する資源を安価に確保できるためだ。ただし、広範に分布したバイオエネルギー資源はその運搬費用が膨大になる。大量に生産できないことから発電量が限られるという欠点もあった。これに対し、バイオエネルギー生産のためだけに農作物を栽培するという事例も増えている。エネルギー作物とは、このようにバイオエネルギーの生産を目的として育てられる農作物のことだ。例えば、バイオエタノールはサトウキビやトウモロコシ、木材などのバイオマスを発酵させて作られるが(※1)、最初からバイオエタノールの生産を目的としていれば、サトウキビやトウモロコシ、木材がエネルギー作物ということになる。バイオエタノールは自動車などのモビリティ用燃料として用いられるが、近年ではバイオマス発電用エネルギー作物の栽培も始まった。これには草本植物の一年生作物、多年生作物、木本植物など様々な種類の植物が用いられる。加工法に関しても、ペレット状にするだけの場合もあれば、生化学的な処理を施してメタンガス、バイオエタノールにする場合など様々で、統一的な方法が確立しているわけではない。エネルギー作物として適した品種や高効率な生産プロセスは未だ探索が続けられている。エネルギー作物利用のメリットと課題エネルギー作物はバイオエネルギー生産の増大に寄与し、電力の安定供給を支える。廃品を利用したバイオマス発電と異なり、エネルギー資源が分散していないため、運搬等に係る費用は低く抑えることが可能だ。この他にもエネルギー作物には多くのメリットがある(※2)。一般に、エネルギー作物の栽培においては食品で求められるような安全基準を満足する必要がなく、生育に手間のかからない品種が用いられるため、手入れの行き届いていない耕作放棄地でも栽培には十分だ。エネルギー作物栽培が軌道に乗れば農村での雇用と収入を生み、地方の活性化に繋がるだろう。一部のエネルギー作物は土壌中の有機物を増やすため、土地を改良して他の農作物の栽培を促進することも可能だ。一方、エネルギー作物には解決すべき課題も残っている。代表的なものとしては、栽培に要する人的、物的資源やコストの問題だ。エネルギー作物は大量に生産することが求められるため、これを栽培するために大量の水が必要となる。また、生育や収穫に一定量の人的資源も必要だ。これら投入コストに対して上げられる利益は未だ多くない。そもそも、一部のエネルギー作物では投入するエネルギーに対して得られるエネルギーがマイナスになるという指摘もある(※3)。エネルギー作物栽培が気候変動抑制に貢献し、かつ利益を生むためには、水資源活用やロジスティクスの最適化、より生産性の高い品種の開発が求められる。加えて、エネルギー作物栽培が伝統的な農業や土地利用形態と競合することも問題だ。水資源の乏しい場所では水の奪い合いが生じる可能性もある。エネルギー作物栽培が商業的に成功するかどうかは政府の政策にかかっているとも言えるだろう。エネルギー作物に適した種エネルギー作物として利用される一年生作物には、トウモロコシやテンサイ、多年生作物としてはミスカンサスやスイッチグラスなどが挙げられる。木本植物であれば、ポプラ、ユーカリ、ヤナギなどが人気だ(※2)。エネルギー作物は大量に、安く栽培したいため、次のような性質が求められる(※4)。生育に手間がかからないこと(病気や気候などによるストレスに強い)エネルギー生産性に優れること(成長が早い、加工が容易、重量当たりの生み出すエネルギー量が大きい)輪作でき、同じ土地で生育を続けられることこのような性質を持つ植物の探索で新たに注目されるようになった品種も多い。以下では近年注目を集めるエネルギー作物用の品種を紹介する。エリアンサスエリアンサスは亜熱帯・熱帯に自生するイネ科の草本植物で、背丈は最大で4mほどにもなる(※5)。温帯で生育すると初冬から低温により茎葉が枯れ、乾燥して水分量が減少するため、ペレット燃料に加工する際に乾燥工程が必要ないというメリットがある。多年生植物であり、春には刈り株から新しい葉が再生する。越冬できる環境が整えば10年以上同じ場所で栽培することも可能だ。ヤナギヤナギは主に北半球の温帯以北に自生する樹木。日本にも自生し、公園などにも植えられている。ヤナギは挿し木が容易、成長が早い、切り株からの再成長能に優れるという特徴を有し、エネルギー作物としてのポテンシャルが高い(※6)。ここで、挿し木とは植物体から茎や根のそなわっていない一部分を取り、不定根や不定芽を発生させることを指す。もっと簡単に言えば、折った枝を地面に挿すだけでそこから根を張り樹木に成長させられる、ということだ。木質系バイオマスは古くから薪として利用されてきたため、生育・管理・収穫のノウハウに関しては既に多くの蓄積があることも利点となる。微細藻類2000年代に入ってから新たに注目されるようになったエネルギー作物として藻類がある。私たちが普段口にする海苔やワカメも藻類の一種だが、エネルギー作物として注目を集めるのは海中を浮遊する微細藻類だ。そのままでは水分含有量が多く燃料には向かないので、発酵させてバイオガスやアルコールに加工して用いる。バイオ燃料が注目を集めるようになった2005年ごろには、トウモロコシやサトウキビなどの穀物を原料として燃料が生産されていた。しかし、穀物系バイオ燃料の需要増加は食糧価格の高騰に繋がり、広大な栽培地が必要であるために土地利用の問題もある。対して、エネルギー作物として利用される微細藻類は食用でないために食糧供給を脅かす心配はない。生育に真水が不要であることはもちろん、海上で育てるので、耕作地が他事業とバッティングするリスクは陸上より少なくて済む。何より注目されているのはその成長速度と単位面積当たりのオイル生産量だ。陸上植物を原料とする場合、1haあたりの年間オイル生産量はアブラヤシの6.1kLが最大だが、微細藻類を用いれば、47.7~143.1kLものオイルを生産できると言われている(※7)。商業化事例と現状の技術レベル未だコスト面で課題の多いエネルギー作物だが、国内では大企業や独立行政法人とタッグを組んだ民間企業が事業化するケースが多い。海外では投資家が多額の資金を投じたが、撤退も相次いでいるようだ。以下で国内外の関連する事例を幾つか紹介する。草本植物のペレット燃料生産株式会社TAKANOは、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究所(農研機構)と共同で、エリアンサスの栽培とペレットへの加工事業を行っている(※8)。栽培しているエリアンサスは農研機構が品種改良を施したもので、機械収穫しやすく、雑草化しにくい「JES1」だ。製造したペレットは、栃木県さくら市の温泉施設で燃料として活用される。農研機構がJES1を開発したのは2013年、TAKANOとの技術協力が2014年に始まり、2017年から本格稼働を開始した(※9)。三井物産:木質バイオマス発電三井物産は木質系バイオマス発電に関する技術を所有し、千葉県市原市(※10)や北海道苫小牧市(※11)などで地産地消型のバイオマス発電事業を実施している。ただし、全てが好調というわけでもないようで、下川町と当別町で2017年より操業していた木質バイオマス発電所は2024年4月に操業を停止した(※12)。この原因として、世界的な木材相場の高騰「ウッドショック」により採算が合わなくなったためと報じられている。POET:バイオエタノール生産 POET LLCは1987年にサウスダコタ州スコットランドで設立されたバイオプロセス企業(※14)。研究開発からプラント設計、建設、運用、広報、マーケティングまで、バイオテクノロジーに関連する様々な事業を統合して製品開発を進め、世界最大級のバイオ燃料生産事業者となった。各生産拠点付近のトウモロコシ農家から原料を得、これらを無駄なく活用するために技術開発を進める(※15)。バイオエタノール生産ではその搾りかすが副産物として得られるが、これらを家畜用飼料としたり、アスファルト再生剤などの石油化学製品の代替品を生産したりといった事業も展開してきた。POETは米国の複数州にまたがるCO2回収パイプラインプロジェクトに参画することを2024年1月に発表した(※16)。POETが所有する17のプラントから年間470万トンのCO2を回収・貯留することで気候変動抑止に貢献していく。AlgaEnergy:幅広い藻類事業展開AlgaEnergyは2007年にスペインのマドリードで設立された微細藻類の研究開発事業者(※13)。2018年には日本の横河電機株式会社との戦略的パートナーシップ契約を結んだ(※17)。AlgaEnergyは現在、農業肥料、食品、家畜用飼料、医薬品、化粧品、バイオマテリアルなど、微細藻類を利用した幅広い製品開発を実施している。将来的にはバイオ燃料開発も展開していくことを発表した。大手石油会社が次々と藻類バイオ燃料開発研究から撤退したように(※18)、現段階で微細藻類によるエネルギー生産は天然ガスや石油と戦えるような技術レベルにはないようだ。引用:(※1)https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=6(※2)https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2369969823000592(※3)https://www.energyjustice.net/files/ethanol/pimentel2003.pdf(※4)https://www.researchgate.net/publication/228348083GeneticresourcesofenergycropsBiologicalsystemstocombatclimate_change(※5)https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nilgs/077296.html(※6)https://www.rinya.maff.go.jp/hokkaido/kikaku/pdf/23happyous52.pdf(※7)https://www.hitachi-hri.com/keyword/k070.html(※8)https://takano-corporation.co.jp/(※9)https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nilgs/077296.html(※10)https://www.mes.co.jp/telescope/ts03.html(※11)https://www.mb-f.co.jp/project/tomakomai-bio/(※12)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFC019N50R00C24A4000000/(※13)https://ag.algaenergy.com/jp/(※14)https://poet.com/about(※15)https://poet.com/grain/(※16)https://poet.com/pr/poet-and-summit-carbon-solutions-announce-carbon-capture-partnership(※17)https://www.yokogawa.co.jp/news/press-releases/2018/2018-11-06-ja/(※18)https://www.theguardian.com/environment/2023/mar/17/big-oil-algae-biofuel-funding-cut-exxonmobilその他参考(※)https://www.sciencedirect.com/topics/agricultural-and-biological-sciences/energy-crop(※)https://www.paspk.org/wp-content/uploads/2019/01/1-B-LS-447-Algae-as-a-Potential-Candidate.pdf