日本の畜産業界において、飼料の自給率が、たった25%しかないことををご存じですか?残りの75%は、外国からの輸入に頼っている現実があります。さらに、コロナ禍以降の飼料価格高騰は、業界全体に大きな影響を及ぼしました。この記事では、飼料自給率の実際や、自給率を上げるための取り組みなどについて解説します。日本の飼料自給率は約25%しかなく輸入頼み日本の飼料自給率は、全体の約4分の1しかありません。この状況は、昭和60年頃から40年ほど続いており、令和4年度の自給率は26%でした。 参照:農林水産省「飼料自給率の現状と目標」さらにその内訳を見てみると、飼料のうち、粗飼料の自給率は約8割、濃厚飼料(配合飼料)の自給率は約1割だと分かりました。ここからは、2つの飼料とその自給率について、見ていきましょう。粗飼料は自給率約8割粗飼料とは、牧草やワラなどの草、あるいはそれを使ったエサです。高温多湿な日本では、干し草を作るのが難しいので、乳酸発酵により長期保存の可能なサイレージが、主要なエサとして牛に与えられています。粗飼料にはエネルギーやたんぱく質が少なく、繊維量が多いという特徴があります。草食動物である牛にとって、栄養源であるとともに消化機能を安定させてくれる、必要不可欠なエサで、日本人にとってのお米のような主食にあたります。濃厚飼料(配合飼料)は自給率約1割濃厚飼料とは、とうもろこしや大豆、麦などを加工したエサです。単体ではなく、いくつかの飼料を混ぜて使うことが多いため、配合飼料とも呼ばれます。国内で生産するよりも、海外から輸入した方が安価で簡単に調達できることから、輸入への依存率が9割近いという現状があります。濃厚飼料はエネルギーやたんぱく質を多く含む、乳牛にとっても、肉牛にとっても重要な栄養源で、人間にとっての肉や魚を使ったおかず、主菜にあたるエサです。コロナ禍以降、飼料の価格高騰が続いていた...実は、飼料の価格はコロナ禍以降、上昇傾向にありました。例えば以下は、濃厚飼料の主な原料となるとうもろこしの、国際価格の推移を示したグラフです。参照:農林水産省「畜産局」とうもろこしだけでなく、あらゆる飼料の価格が、高騰傾向にありました。令和6年現在は減少傾向に転じていますが、社会情勢によっては、再び高騰傾向に転じる可能性も否定できません。そこでここからは、コロナ禍以降、飼料の価格高騰が続いていた原因について解説します。コロナ禍で原油価格や物価が高騰1つ目の原因は、コロナ禍によって、原油や物の値段が高騰したことです。コロナ禍では、2020年4月~2021年9月の、約1年半の間、緊急事態宣言が発出されたことなどにより、不要不急の外出の自粛などが求められ、経済活動が停滞しました。その結果、原油やガスなどのエネルギー価格や物価が高騰し、それに伴う形で、飼料価格も上がりました。ウクライナ侵攻により穀物流通量が減少2つ目の原因は、2022年2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まってから、穀物の流通量が減少したことです。ロシアとウクライナは元々、穀物類の輸出大国で、特に濃厚飼料の原料となる小麦ととうもろこしでは、それぞれ以下のシェアを占めていました。ロシアウクライナ小麦1位5位とうもろこし6位4位参照:農林水産省「ロシアのウクライナ侵攻と世界の穀物需給」両国による輸出量の減少は、世界における穀物流通量に大きな影響を与えました。しかも、ウクライナ侵攻はコロナ禍後に、経済活動や農作物の需要が回復し始めたタイミングで起きたため、侵攻直後の食料価格指数は、過去最高の数値を叩き出しています。中国やロシアが輸出に制限3つ目の原因は、中国やロシアなどの大国が、飼料の輸出制限をかけていることです。前述した通り、ロシアは小麦の輸出量で世界1位を誇る輸出大国です。同じように中国も、かつては世界有数の穀物輸出国でした。しかし、両国とも国内における穀物需要の高まりを理由に、輸出規制をかける場合があり、世界的な飼料価格の高騰に拍車をかける形で、影響を及ぼしています。円安で飼料価格の高騰4つ目の原因は、円安による影響です。円安では円の価値が相対的に下がるため、輸入品の価格が上昇します。前述した通り、日本では飼料の約8割を輸入に頼っているので、円安による打撃は大きく、コロナ禍やウクライナ侵攻に次いで、追い打ちをかけられるような流れとなっています。なぜ飼料の安定供給には飼料自給率の向上が不可欠なのか?ここまでの内容からも分かるように、飼料を輸入にばかり頼るのは危険です。飼料の安定供給を目指すには、自給率の向上が最も確実な方法だといわれています。なぜ、飼料の安定供給には飼料自給率の向上が不可欠なのでしょうか。それは、国内の飼料自給率を上げることで、世界情勢に左右されずに済むからです。「2.コロナ禍以降、飼料の価格高騰が続いていた」で説明したように、飼料の輸入割合が高い日本では、世界情勢の変化による価格高騰を受けやすい傾向にあります。畜産において、飼料は生産コストの3~6割を占めるといわれています。だからこそ飼料の価格が高騰すると、財政的な面で、生産者の負担がかなり大きくなるのです。もちろん、このような事態に応じて、国やJA全農は対策を講じてきました。参照:全農「配合飼料安定基金の緊急補てん制度(新たな特例)がスタートします」上に挙げているのは、生産者負担を抑えるために、これまでに国やJA全農が行ってきた、緊急補てんや特別交付金の割合を示したグラフです。補てん分はオレンジや薄いオレンジ、黄緑、紫色などで示されており、下の水色部分は生産者の負担額です。グラフを見ると、補てんは十分とは言えず、生産者の負担が急増していると分かります。飼料の高騰により供給が不安定になると、畜産農家の経営が厳しくなります。結果として、生産規模の縮小や、廃業を迫られる生産者も少なくありません。しかしこの事態は、飼料を輸入頼みにしている日本の状況が招いたものです。国内の飼料自給率を上げられれば、世界情勢に左右されない、安定した飼料供給が実現できるでしょう。飼料自給率を上げるための具体的な取り組み4つ前述した通り、飼料価格の高騰を受けて、国は飼料の安定供給を目指すために、飼料自給率を上げる方向で、以下のような目標を掲げています。出典:畜産局飼料課「飼料をめぐる情勢」農林水産省は、国産飼料の生産、利用の拡大を進めることで、国産飼料に基づいた畜産への転換を推進しようとしています。では、飼料自給率を上げるために、どのような取り組みを行っているのでしょうか。今回は具体的な取り組みを4つ取り上げ、解説していきます。取り組み例1:国産飼料の生産1つ目に紹介する取り組みは、国産飼料の生産増加です。特に濃厚飼料については、以下2つの飼料に関する取り組みが進められています。▼生産拡大を目指す主な濃厚飼料イアコーンサイレージ子実とうもろこしイアコーンサイレージは、「とうもろこしの実を外皮ごと収穫し、子実・芯・外皮の全てをサイレージ化した飼料」です。2008年頃から北海道で生産が始まった、比較的新しい部類の飼料で、栄養価の高さやコストパフォーマンスの良さから、注目を集めています。一方の子実とうもろこしは、「とうもろこしの子実のみを収穫・乾燥した飼料」です。イアコーンサイレージよりも栄養価が高く、栽培に手間や時間がかかりにくいこと、水田や畑で水稲、小麦、大豆などの輪作に加えやすいことなどのメリットがあります。また、粗飼料としては、主に乳牛用の青刈りとうもろこし(デントコーン)の活用が考えられています。青刈りとうもろこし(デントコーン)は「飼料用とうもろこし(デントコーン)を、完熟前(糊熟期)に収穫して、茎、葉、実の全てを利用」する飼料です。栄養価の高い飼料で、濃厚飼料の低減に寄与するとして、生産拡大が見込まれています。取り組み例2:飼料用米の利活用2つ目に紹介する取り組みは、飼料用米の利活用です。飼料用米には、とうもろこしと同等の栄養価があり、畜産農家での利用が増えています。米価が下落傾向にある中、水田を主食用の米から需要の高い飼料用米に転換させることで、米農家の収入を安定させられるというメリットもあります。飼料用米への転換で受けられる交付金も設けられており、作付面積は拡大傾向にあります。参照:畜産局飼料課「飼料をめぐる情勢」また、飼料用米の活用によって、畜産物に新たな価値を付け、ブランド価値を高めることも可能です。例えば、以下の「えこめ牛」は、熊本県菊池のブランド牛で、地元のお米を使って育てたことを付加価値としています。出典:JA菊池「えこめ牛」取り組み例3:コントラクターの普及・定着3つ目に紹介する取り組みは、コントラクターの普及・定着です。コントラクターとは、畜産農家から「自給飼料の生産のための作業を受託する、外部支援組織」で、令和3年時点で、国内において821組織が活動しています。コンストラクターは、飼料生産の専門知識や技術を持ち、高性能機械も有していることから、導入によって、以下のようなメリットが得られます。▼コンストラクターを導入するメリット飼料生産にかかる労働を減らせる飼料生産の作業効率が上がる自作よりも低コストで生産できる飼料作物の単収が増やせる飼料の栄養価が向上する取り組み例4:放牧による飼育を推進4つ目に紹介する取り組みは、放牧による飼育の推進です。放牧は、飼料の生産や給餌、家畜排せつ物処理などの飼養管理の省力化が可能な飼育方法で、畜産農家のコスト削減を図るのに有効な手だてです。実際、国の試算によると、酪農であれば牛1頭当たり約20%、肉用牛であれば約25%のコストが削減できるとみられています。しかし令和4年時点で、全国で放牧により飼育されている牛は、乳用牛で約17%、肉用牛で約14%と、全体として低い割合でした。出典:農林水産省「公共牧場・放牧をめぐる情勢」そこで国は「畜産生産力・生産体制強化対策事業」で、放牧に必要な設備や技術を得るための補助金を設けるなどして、放牧による飼育を推し進めています。まとめ日本の飼料自給率は、昭和60年頃から40年近く、約25%ほどを推移しています。飼料の調達を外国からの輸入に頼る状況の中、コロナ禍以降の飼料高騰は、日本の畜産業界全体に、大きな影響を及ぼしました。そこで国は、飼料の安定共有を目指して、飼料自給率の向上を目指しています。具体的には、以下のような事例をはじめ、さまざまな取り組みが推進されています。▼飼料自給率の向上を目指すための取り組み国産飼料の生産を増やす飼料用米の利活用を進めるコントラクターの普及・定着を目指す放牧による飼育を推進する