「WAGYU」について、知っていますか?WAGYUは、本来の和牛と他の肉牛を掛け合わせてできた、海外生まれの和牛のこと。実は今、低コストでおいしいWAGYUが、世界各国で人気を集めているのです。今回はWAGYUの基礎知識にプラスして、最近注目されている「タイWAGYU」について、解説していきます。1.和牛とWAGYUって?どう違う?日本に住んでいる人なら誰もが知っていて、食べたことがある人も多いであろう和牛。和牛は「日本在来種の牛に、外国種の交配を繰り返すことで作られた、肉専用種」で、具体的には、以下の4品種とその交雑種を指します。出典:農林水産省「特集1 和牛(1)」写真提供/一般社団法人全国肉用牛振興基金協会黒毛和種褐毛和種日本短角種無角和種この中でも、特に主流となっている和牛が「黒毛和種」です。黒毛和種は明治時代に生まれ、長い時間をかけて品種改良を遂げ、1944(昭和19)年に、日本固有の肉用種に認定されました。現在、国内で飼育されている和牛のおよそ95%が黒毛和種です。和牛の最大の特徴は、ほかの品種にはない、とろけるような柔らかい食感にあります。また、脂肪が肉の繊維に入り込んだ美しい「霜降り」と、「和牛香」と呼ばれる芳醇な香り、脂の甘さ、良質なアミノ酸由来の旨味も、和牛が人気の理由です。WAGYUとは「和牛」は、日本生まれの肉専用の品種を指します。それでは、「わぎゅう」をローマ字で表記する「WAGYU」とは、一体何なのでしょうか。WAGYUは、海外生まれの和牛。つまり、外国産の和牛を指します。WAGYUは、本来の和牛を他の肉牛と組み合わせて生まれた交雑種で、アメリカやオーストラリア、中国、タイなど、世界中の国々で現地の牛と交配され、飼育、販売されています。WAGYUを飼育、販売している国々は、少なくとも40カ国以上だと考えられていますが、正確には把握されておらず、もっと多くの国やエリアで流通している可能性があります。また、多くのWAGYUが、本家である日本の和牛よりも安い価格で取引されており、今やWAGYUの輸出量は和牛を大きく上回っている状況です。例えば、WAGYUの一大生産地であるオーストラリアWAGYU の輸出量は、2020(令和2)年時点ですでに、日本産牛肉輸出の約10倍だということが分かっています。(参考:日本畜産学会報「オーストラリアへの日本産牛肉―特に和牛輸出の現状と課題」)和牛の遺伝資源に関する日本の法律「和牛」と「WAGYU」の違いを知って、「和牛は簡単に海外に持ち出せるの?」「日本の法律はどうなってるの?」と、疑問に思った方も多いのではないでしょうか。初めて日本から海外への、和牛の輸出規制がかかったのは2000(平成12)年のことで、口蹄疫とBSE(牛海綿状脳症)の発生が原因でした。輸出入が一時的に禁じられていたこの期間、日本では2003(平成15)年に「牛肉トレーサビリティ法」で、牛を個体識別番号によって一元管理し、流通・販売段階での表示義務化、和牛の精子や受精卵などの「遺伝資源」の管理も強化する仕組みが作られています。また、2018(平成30)年ごろには、和牛の「遺伝資源」を海外(中国)に不正に持ち出そうとして、関係者が逮捕される事件が相次いで起きました。それまで、和牛の遺伝資源の不正流出を防ぐ取り組みは、生産者団体などが中心となって行っていましたが、これらの事件をきっかけに危機感が高まり、2020(令和2)年には国が、以下のような法整備を行いました。「家畜改良増殖法」の改正「家畜遺伝資源に係る不正競争の防止に関する法律」の制定これらの法律によって、和牛の遺伝資源の不正取得や、契約に反した使用に対し、損害賠償請求などができるようになり、悪質な場合は重い罰則も適用できるようになりました。しかし、これらの法整備が行われる2000年代以前には、和牛の遺伝資源の輸出規制がなかったため、すでに多くの和牛遺伝子が海外へ流出していたという経緯があります。結果として、世界各国で違法には当たらない「WAGYU」が広まっているのです。ここから先は、WAGYUのルーツについて、くわしくみていきましょう。2.和牛はどのようにしてWAGYUとなったか和牛が初めて日本の外へ出たのは、1975(昭和50)年に、米国コロラド大学の研究員、モリス・ホイットニー氏が、計4頭の雄の和牛を米国に輸入したときだと考えられています。しかし、この和牛4頭は、研究ののち商用利用されたものの、実績を残していません。その後、商業目的で和牛の遺伝資源が流出し始めたのは、1990年代に入ってからです。1988(昭和63)年、日本が1991(平成3)年からの牛肉輸入自由化に合意したことをきっかけに、アメリカやオーストラリアをはじめとする国々で、日本の和牛や、その遺伝資源に注目が集まりました。農林水産省によると、1998(平成10)年までに和牛の生体247頭、精液1万3千本がアメリカに輸出されており、現在、世界で生産されているWAGYUは、このときの遺伝資源が基になっていると考えられています。この後、1990年代初頭にはアメリカからオーストラリア、さらにニュージーランドへ伝わり、1990年後半には南アフリカへ、2000年代にはアメリカからイギリスやドイツへ、さらにはアフリカ諸国へと持ち込まれたことが分かっています。(参考:JAグループ「国際農業・食料レター」2023年12月)こうして現在WAGYUは、アメリカ、オーストラリアやニュージーランド、中国、タイ、アフリカ諸国など、少なくとも40カ国以上で、高級牛肉として生産・流通しているのです。3.タイにWAGYUが根付くまで最近では、タイのWAGYUが、国内外から広く注目を集めています。そこでここからは、タイにおけるWAGYU文化の変遷について、ピックアップします。現在、タイでは、日本から輸入された純粋和牛のほか、アメリカやオーストラリア産のWAGYU、そしてタイWAGYUと、大きく分けて3系統の品種が混在して流通しています。高価な日本産の和牛の扱いは、富裕層向けのごく一部で、それよりも安価なアメリカやオーストラリアWAGYUが大半を占め、残りがより安価なタイWAGYUという構成のようです。タイで和牛交雑種の飼育が始まったのは、2005(平成17)年頃といわれています。「和牛」や「黒毛和牛」などのキーワードは、タイの農村部で多くの人の認知を得ており、特にタイ東北部では、「和牛」飼育を始める農家が増加しています。しかし、タイの農家で飼育されている「和牛」の多くは、主にオーストラリアからタイに輸入された和牛や精子と、欧州やインド産の牛との交雑種だといわれており、日本産はおろか、オーストラリアやアメリカ産WAGYUと比較しても、品質は低い傾向にあります。「タイWAGYU」として流通してはいるものの、まだ発展途上の段階だといえるでしょう。タイの「牛肉」にまつわる食文化の変遷かつてタイでは、肉料理は鶏や豚が中心で、牛肉を食べる人は少なかったといいます。それは、宗教上の理由に加え、農業従事者の多いタイでは、牛は財産の一部であったこと、暑いタイで飼育される牛の肉質が悪かったことなどの原因がありました。しかし1980年代以降、日本企業のタイ進出が加速し、日本人駐在員が増加したことなどを理由に、日本食レストランなどが増え、日本の食文化が浸透するようになりました。2010年代に入ってからは、日本人がタイに進出し、飲食店を立ち上げるケースも増え、高級料理店からカジュアルな居酒屋、ラーメン専門店や回転寿司、沖縄料理店まで、ありとあらゆる日本食の飲食店が、外食の選択肢となるようになっています。出典:JETRO「2024年度タイ国日本食レストラン店舗数調査」JETROが行った「タイ国日本食レストラン店舗数調査」を見ても、2024(令和6)年まで店舗数が増加し続けていることが分かり、タイにおける日本食の人気の高さが伺えます。日本式の焼肉やしゃぶしゃぶ、すき焼きといった、牛肉料理を提供するレストランも多く、若者を中心として、牛肉を食べるタイ人が増えているとのことです。4.タイWAGYUのこれからタイで日本食や和牛人気が高まる中、タイ政府もタイWAGYUのPRを始めています。2022(令和4)年に、タイ(バンコク)で開かれたAPEC首脳会議では、タイ和牛の中でも最高ランクだという「コラートWAGYU」が提供されました。コラートとは、タイ東北部にあるナコンラチャシマ県の別名で、タイではバンコクの次に人口の多いエリアです。コラートWAGYUは、同県のスラナリ工科大学農業技術研究所のランサン准教授が、コラート牛畜産協会などと協力して、およそ20年前から研究を続けた末、開発した品種です。出典:カオヤイ観光協会「Korat Wagyu」前述した通り、ほんの数年前、例えばコロナ禍以前までは、タイにおける「和牛」といえば、日本からの輸入肉のことで、富裕層しか口にできないごく高価な食材でした。しかし、オーストラリアやアメリカ産、あるいはタイ国内でのWAGYUの流通が増え、タイの中間層でも手が届く価格帯まで下がった結果、身近な食材となりつつあります。経済成長を享受して、贅沢気分を楽しみたいタイの中間層にとって、少し高価な「WAGYU」をレストランで食べるというスタイルは人気で、まだまだ成長の余地が感じられます。WAGYU和牛の飼料に最適とされるソルガムヘルシーな牛を育てるために必要なのが、栄養価の高い飼料です。タイのカオヤイ農協を支援するために立ち上げられたクラウドファンディング「タイ・ロップリー WAGYU和牛プロジェクト」では、農業試験場におけるWAGYUの飼育や牧草地の開墾を計画していました。カオヤイ農協直営の農業試験場の比較調査によると、ソルガムを飼料とした場合、乳牛の牛乳の生産量が1.5倍の量の牛乳を産出するなど、着実な成果を上げたそうです。ソルガムは生長が早く、たんぱく質などの栄養豊富な飼料であることから、WAGYUの飼料に最適だと考えられています5.まとめ日本生まれの肉専用種「和牛」に対して、外国産の和牛である「WAGYU」が、世界の国々で人気を博しています。WAGYUの祖先は、和牛の輸出規制がなかった2000(平成12)年以前に海外に持ち出された和牛です。現在は以下のような法律ができ、和牛の遺伝資源の不正流出は、厳しく取り締まられるようになりました。「家畜改良増殖法」の改正「家畜遺伝資源に係る不正競争の防止に関する法律」の制定とはいえ、2000年(平成12)以前に海外に持ち出された和牛は、WAGYUとして、少なくとも世界40カ国以上で飼育、販売されていることが分かっています。タイもそんな国の1つです。特にタイ東北部では、和牛飼育を始める農家が増加中です。現状は品質が低いとされるタイWAGYUですが、「コラートWAGYU」など、品質の高い和牛の研究・開発が進められており、今後の動向が注目されています。